― 根性論を卒業した話 ―
はじめに
若い頃の自分に、
「今はもうどうでもいいよ」と言えるものがあります。
それが、
根性論です。
農業を始めたばかりの頃、
私は本気で信じていました。
- 農業は甘くない
- 厳しい世界だ
- 乗り越えるには努力と根性が必要
これは、
地元の先輩たちからも
何度も聞かされてきた言葉です。
結論:根性論は、経験が足りない時の代用品だった
結論から書きます。
根性論は、
- 農業に必要なもの
ではなく - 経験が足りない時の代用品
だったと思っています。
経験が積み上がるにつれて、
自然と必要なくなっていきました。
若い頃は「頑張っている姿」を求めていた
就農当初は、
- 夜中までヘッドライトをつけて作業
- 深夜から消毒
- 寝不足でも畑に出る
こういうことを、
当たり前のようにやっていました。
正直に言うと、
- 自分自身に
- 周りに
頑張っている姿を見せたかった
部分もあったと思います。
「やらないとダメだ」と思い込んでいた
当時は、
- 農業はきつくて当たり前
- 楽をしたら負け
- ここで踏ん張らないとダメ
そう思い込んでいました。
でも今振り返ると、
必要以上に頑張っていた
部分も多かったです。
年数を重ねて、見え方が変わった
農業を続けていくうちに、
少しずつ変わってきたことがあります。
それは、
この作業は、
だいたい何日で終わるか
が、
頭の中で組めるようになったことです。
スケジュールが見えると、根性はいらなくなる
作業量と日数が読めるようになると、
- 今日ここまでできた
- 残りは明日で十分
- 夜までやる必要はない
こうした判断が、
自然にできるようになります。
すると、
- 無理をする
- 夜遅くまで作業する
理由が、
どんどん減っていきました。
根性論は「計画がない状態」を支えていただけ
今思うと、
根性論が必要だったのは、
- 先が見えない
- 終わりが分からない
- 見積もりが立たない
そんな状態だったからだと思います。
計画が立てられるようになると、
根性で乗り切る場面は
ほとんどなくなりました。
楽をすること=手を抜くことではない
誤解されがちですが、
- 夜まで作業しない
- 無理をしない
これは、
手を抜いているわけではありません。
回るように仕事を組んでいる
だけです。
今は「頑張らない判断」ができるようになった
今の私は、
- 今日やるべきこと
- 明日でいいこと
を分けられるようになりました。
それだけで、
- 体が楽
- 判断が雑にならない
- 翌日の作業効率が落ちない
結果的に、
仕事は安定します。
まとめ:根性論を卒業できたのは、成長した証拠
- 若い頃は、根性が必要だと思っていた
- 実際は、経験不足を根性で補っていただけ
- 作業量が読めるようになると、無理は不要になる
- 根性論は、自然と卒業できる
もし今、
- 無理をしないと不安
- 夜までやらないと負けた気がする
そんな気持ちがある人がいたら、
それはまだ途中段階なだけです。
このブログのスタンス
このブログでは、
- 根性論を否定するために書きません
- でも、必要以上に美化もしません
続けられること。
それを一番の基準に、
現場の判断を書いていきます。

コメント