ぶどうの剪定で「樹形を考えすぎない」という判断

― 剪定はすべての作業のスタートライン ―

はじめに

剪定の話をすると、
どうしても

  • 樹形
  • 理想の仕立て
  • 教科書どおり

という話になりがちです。

でも、
私は剪定で樹形を考えすぎないようにしています。

理由はシンプルです。

僕らは、
樹を仕立てる仕事ではなく、
ぶどうを作る仕事
だからです。


結論:剪定は「仕立て」より「作業効率」

結論から書きます。

剪定で一番大事にしているのは、

  • 理想の樹形
    ではなく
  • 作業効率

です。

教科書どおりにならないことの方が、
実際の畑では圧倒的に多い。

それなら、
無理に寄せにいかない方がいい。
そう考えています。


剪定は、すべての作業のスタートライン

剪定は、

  • 結果母枝を残す作業
    ではなく
  • その年の作業場を作る作業

だと思っています。

摘粒
誘引
防除
収穫

すべて、
剪定で作った「場」で行います。

だから、

  • ある程度込み合わす
  • でも、すっきりさせる

このバランスを重視しています。


散らかったデスクでは、仕事がしにくい

よく例えるのが、
散らかったデスクです。

  • 物が多すぎる
  • どこに何があるか分からない

この状態では、
仕事の効率は上がりません。

ぶどうの樹も、
同じだと思っています。

  • 枝が多すぎる
  • 重なりすぎる

それだけで、
その後の作業は確実にしんどくなります。


収穫量は「考えない」わけではない

誤解されやすいですが、
収穫量をまったく考えていないわけではありません。

自分の剪定だと、

この畑は、
だいたい何房できるか

が、
自然と分かるようになります。

だから、

  • 収穫量を細かく計算する
    よりも
  • 作業効率を優先する

という判断になります。


剪定の段階で「楽か、しんどいか」は決まる

剪定をしていると、

  • 今年は楽になる
  • 今年はしんどくなる

これは、
ほぼコントロールできます。

なので、
剪定中に何か特別なことを
考えているわけではありません。

むしろ、

何も考えずに切る

くらいの感覚の方が、
結果として毎年の収穫量は
だいたい同じくらいに落ち着きます。


「これ以上切らない」ではなく「残さざるを得ない」

よく言われる
「これ以上は切らない」
という表現ですが、

自分の感覚では、
少し違います。

正確には、

切りたいけど、
収穫量を考えて仕方なく残す

この方が近い。

本音を言えば、

  • もっと切りたい
  • もっとスッキリさせたい

でも、
収穫量との兼ね合いで
残しているだけです。


樹形より、続けられるかどうか

剪定は、

  • きれいに仕立てる技術
    ではなく
  • 一年を回すための判断

だと思っています。

  • 毎年同じくらい収穫できる
  • 作業が回る
  • 無理がない

これが一番大事です。


まとめ:剪定は経営判断に近い

  • 樹形を考えすぎない
  • 作業場として整える
  • 作業効率を最優先
  • 収穫量は自然と揃う

剪定は、

  • 技術論
    よりも
  • 判断の積み重ね

だと、今は思っています。


このブログのスタンス

このブログでは、

  • 教科書を否定しません
  • でも、現場に合わないものは採用しません

続けられる剪定
回る剪定

それを基準に、
現場の判断を書いていきます。


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